東京都豊島区をウェブでおさんぽ
豊島区を知りつくすメディア

【雑司が谷駅】猫地帯の法明寺・鬼子母神を訪ねる①

【雑司が谷駅】猫地帯の法明寺・鬼子母神を訪ねる①

豊島区南池袋に法明寺・鬼子母神。付近をお散歩していると猫ちゃんにいっぱい遭遇。特別猫ちゃんファンではなかったためかまったく知らなかったことですが、この辺りに猫ちゃんがいっぱいいるために、猫ちゃんに会いにきたり、撮影しにきたり、猫ちゃんファンが訪れる場所でもあるのだとか。
気づけば確かにカメラを持って猫ちゃんを撮影している人とすれ違っていました。(何にも考え図に歩いてたのね〜)
猫ちゃん目的も十分に楽しめるし、古い歴史に触れるのも楽しめるし、晴れた日に数時間の雑司が谷散歩おすすめです。今回は、法明寺・鬼子母神をご紹介します。
先ずは法明寺から!

雑司が谷散歩フラリされてる方多し

雑司が谷は社寺の街

池袋から歩いていける法明寺

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)へ向かう

池袋駅を背に明治通りを右へ進み道なりに進むと左手に、"大鳥神社参道"の鳥居ぽい入口を発見。

今回は、時間の関係で大鳥神社を訪れることはできなかったのですが、大鳥神社は法明寺・鬼子母神がとても近い距離にあるので大鳥神社参道が目印です。

参道はここだけではありませんが、池袋駅から向かう時には目印になりますよー。

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)あっさり発見

大鳥神社参道をそのまま進んで行くと左手に法明寺を発見。
お寺って基本的に鳥居がないからサッパリしてるよね、参道を進み簡単に見つけられた法明寺ですが、たぶん素通りしていてもおかしくないくらいひっそりしていました。
だからと言って、ギラギラしているお寺もなんか違う気がするけど。

観静院(弁財天)

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)へ向かう観静院(弁財天) 猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)へ向かう観静院(弁財天)
猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)へ向かう観静院(弁財天)の女神

法明寺へ入り少し進むと右側に観静院(弁財天)がありました。
学問や芸術の女神様を祀る。財宝を与える神としても信仰があるそうで。
学問や芸術に加えて、"財"の神様でもあるとの説明書きを見て、いつもの10倍くらい頭を下げた気がする...。

観静院は江戸時代の元禄初期に法明寺塔頭として創立し、豊臣秀吉の家臣で、武功を挙げ、肥後北半国の大名となった加藤清正が供奉したご神体がある天神堂を吸収して、今に至るそうです。

加藤清正という武将が、なぜこの場所のご神体を供奉したのかはネットで調べてもわからなかった。加藤清正という人物は、九州(熊本)、関西方面の戦地にいたりだとか、そんな歴史を少し見たけれども、なぜここ雑司が谷の地のご神体なのか謎。
ご神体が元々は加藤清正がいる地域にあったものなら納得できるが、観静院の創立時期は加藤清正が亡くなった随分と後のようなので、これまたよく理解できず...。

どなたに尋ねたらいいかが分からないので、この件は今度調べることにするか!

とにかく、加藤清正がご神体を供奉したのだそう。

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)へ向かう観静院(弁財天)のスタンプ

七福神を巡るスタンプラリーもやってるね。
セルフスタンプのスタイル。

法明寺

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ) 猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の山門横

順番に、法明寺本堂へ入る山門、山門横にある立て看板です。

経王殿御返事

仏の御心は法華経なり、日蓮が魂は 南無妙法蓮華経にすぎたるはなし

誤っていたら大変なことですが、"お釈迦様の考えは法華経、日蓮の魂は南無妙法蓮華経以外ない"ということと取れます。
法明寺のスケジュールとともに、日蓮の仏教をかけているのだと思いますが、今月は(今季は?)この一節のようです。
誤っていたら大変なことですが、受け取る側の気持ちも大事なはず。筆者は無宗教ですが、仏様がもっとも身に近い神様なのだろうとは思っていますので、自由に解釈させてもらうということで。

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の蕣塚 猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の 幽顯之塔

順番に、蕣塚(あさがおつか)と、幽顯之塔(ゆうけんのとう)です。山門をくぐると、左右にありました。

蕣塚は、酒井泡一(ほういつ)の朝顔の絵と戸張喜惣次(俳号は富久)の句「蕣や くりから龍の やさすがた 富久」と彫られているそうで。
酒井泡一は江戸後期の画家だったそうです。戸張喜惣次は「雑司ヶ谷そば」の主人だったのだとか。彫ったのは窪世祥という名工・字彫りの石匠だったそうで。
すごい方たちが集結した石碑のようです。

幽顯之塔は、井上有一による書を石碑にしたものだそうです。見た感じでわかると思いますが、かなり新しく1991年に造られたようです。
1991年...どのような意図で置いたのかを知りたい〜!

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の本堂

由来と歴史

当山は嵯峨天皇の代の弘仁元年(西暦810年)、真言宗の旧跡で威光寺として開創されました。
後の正和元年(1312年)、宗祖日蓮聖人のお弟子で中老僧の一人、日源上人が日蓮宗に改宗、威光山法明寺と寺号を改めました。
近年に至り関東大震災で本堂が倒壊、46世一妙院日龍上人が昭和7年に再興しています。しかし昭和20年戦災により全山焼失、47世一味院日厚上人が昭和34年に本堂を再建、さらに昭和37年客殿庫裡を竣工しました。

引用:威光山法明寺

法明寺は700年以上の歴史があります。
ホームページの中の解説で、法明寺を開山した日源上人は元々は天台宗を伝えていたが、あるとき駿河で出会った日蓮聖人と問答し日蓮聖人の説く法理に帰伏し弟子となり、威光山法明寺で布教を始められたとありました。法明寺は武蔵国(現在の埼玉県、東京都、神奈川県辺りを指す)では日蓮宗の布教活動をいちばん初めに行った寺としても有名だそうです。

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の梵鐘 猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の墓石

順番に、梵鐘と墓石(墓石と言うのかは不明)です。

梵鐘は、曲尺、枡、天秤、算盤等の江戸時代の庶民生活を表す用具が描かれていて貴重なのだそうです。そのために、1944年に文部省から重要美術品の認定を受け戦時下の金属類回収を免れたのだそう。(戦時中、金属資源不足により金属類回収を目的に制定されたもの)

本堂左奥にあった墓石は、付近立入禁止のため覗き込める位置似なく、なんと記されているかが不明のままです。調べてみましたが、遠忌(おんき)塔と書いてあるものも見つけましたがよく分からず...。宿題かな〜。

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の石像 猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)のすすきみみずくの石像

順番に、本堂右にあった石像とその近くのすすきみみずくの石像です。

宗祖日蓮聖人の像なのか、日源上人なのか、彫られている字も読むことができず。裏の字も読むことができずお手上げです。
お勉強しないと何も知ることができないですねー。

みみずくの石像は、雑司が谷みみずく公園にも同じものがありますね。新しいものです。いろんな所に置いてるのかな〜。豊島区の象徴、カワイ!

猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の安国堂 猫地帯の法明寺(ほうみょうじ)の安国堂にいた猫ちゃん

順番に、本堂外側の安国堂と、安国堂にいた猫ちゃんを撮ったものです。

安国堂は、日蓮聖人を祀っているものだそうで、普段は閉じられていますが、毎年10月16日〜18日に営まれる御会式大祭(お会式と言われているそう)の際には開かれるそうです。
このお会式は、池袋駅から鬼子母神駅まで万灯の大行列が練り歩き、太鼓が響き渡り、参道は露店で賑わうそうです。
これは知らなかった〜、今年の10月ぜひ見に行きたいですね!

今回はここまで。
続いて鬼子母神については次回ご紹介します!

記事の内容や情報は、情報を収集した時点のものであり、その後変更されている場合があります。
掲載日をご確認のうえ、ご覧になる日の詳細は各店舗、団体、施設、機関へご確認ください。

ranking

  • ホームページ新規制作
  • ホームページ修正・追加
  • ホームページスマホ対応
ホームページのいろいろを承ります。

ホームページ新規制作・既存ホームページ修正・既存ホームページのスマホ対応など
ホームページのことならなんでもお気軽にご相談ください。
低予算でも高品質なホームページをお約束。丸投げできるホームページ制作はここだけ。

相談してみる